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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)70号 判決 1996年10月30日

東京都板橋区前野町2丁目36番9号

原告

旭光学工業株式会社

代表者代表取締役

松本徹

訴訟代理人弁護士

会田恒司

同弁理士

三浦邦夫

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

指定代理人

横田芳信

高橋泰史

及川泰嘉

伊藤三男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、昭和63年審判第16330号事件について、平成4年1月30日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和56年2月6日、名称を「光電変換装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願昭56-16355号)が、昭和63年6月15日に拒絶査定を受けたので、同年9月8日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を昭和63年審判第16330号事件として審理したうえ、平成4年1月30日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年3月2日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

蓄積効果により入射光の情報を蓄積する受光素子アレイ(4)と、該受光素子アレイ(4)を順次走査する回路(2、3)と、前記受光素子アレイ(4)に並列に設けられた、蓄積効果により入射光の情報を蓄積する受光素子(5)を有し、該受光素子(5)の情報により前記受光素子アレイ(4)の蓄積時間を制御する光電変換装置において、前記受光素子(5)と並列にかつ対称形に設けられ、前記受光素子(5)の暗電流成分に相当する電荷を蓄積する遮光された受光素子(6)と、該遮光された受光素子(6)と前記受光素子(5)の差電圧が規定の電圧に達したことを判定する判定手段(8)と、該判定手段の判定により、前記順次走査する回路(2、3)を作動させる手段(7)と、を備えたことを特徴とする光電変換装置。

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、本願出願前に頒布された刊行物である特開昭51-140510号公報(以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用例発明」という。)及び特開昭54-130825号公報等にみられる周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨及び引用例の記載事項の認定は、引用例発明が「蓄積効果により入射光の情報を蓄積するホトダイオード(2)を有し」ている点を除いて認める。本願発明と引用例との対比における一致点及び相違点の認定は、引用例の「ホトダイオード(2)」が本願発明の「蓄積効果により入射光の情報を蓄積する受光素子(5)」に相当し、この点で両者が一致するとの認定を争い、相違点の判断は争う。

審決は、本願発明と引用例発明との一致点の認定を誤り(取消事由1)、相違点の判断を誤って、本願発明の進歩性の判断を誤り(取消事由2)、その結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

1  取消事由1(本願発明と引用例発明との一致点の認定の誤り)

審決は、引用例発明が「蓄積効果により入射光の情報を蓄積するホトダイオード(2)を有し」(審決書4頁11~12行)ており、引用例発明の「ホトダイオード(2)」は、本願発明の「蓄積効果により入射光の情報を蓄積する受光素子(5)」に相当すると認められるから、両者は、「蓄積効果により入射光の情報を蓄積する受光素子を有し」ている点で一致する(同5頁4行~6頁4行)と認定しているが、以下に述べるとおり、誤りである。

大島光雄著「イメージセンサの選び方・使い方」(甲第7号証)に記載されている、光電変換装置における光電変換方式としての非蓄積方式(非蓄積型)と蓄積方式(蓄積型)とがあることは、本願出願当時の技術常識であり、非蓄積方式とは、ホトダイオードの出力(電流)を瞬時(リアルタイム)にそのまま取り出す方式であるから、電荷を蓄えるために別にコンデンサC1を必要とする引用例発明のホトダイオード(2)は、非蓄積方式のものである。

引用例発明は、入射光の情報を蓄積するために「蓄積効果により入射光の情報を蓄積する受光素子アレイ(1)」を用いながら、蓄積時間の制御のためには、蓄積効果を利用しないホトダイオード(2)を用いているものであり、その出力をコンデンサC1に蓄積すると、蓄積される2つの情報、つまり受光素子アレイ(2)に蓄積される入射光に関する情報と、コンデンサC1に蓄積される蓄積時間の制御のための情報との相関をとることが難しい。このため、信号処理が複雑になり、かつ、複雑な信号処理をしても精度のよい蓄積時間のコントロールができない。

これに対し、本願発明の受光素子(5)は、蓄積方式(蓄積型)のものであって、蓄積効果により入射光の情報を蓄積する受光素子(5)の情報により、同じ蓄積効果により入射光の情報を蓄積する受光素子アレイ(4)の蓄積時間を制御するものであるため、その信号の比較が容易で、正確になり、その結果、光強度に応じた精度のよい蓄積時間のコントロールができるものである。

したがって、審決は、引用例のホトダイオード(2)を蓄積方式のものであると誤認したものであり、この点で本願発明と一致するとした点は誤りである。

2  取消事由2(相違点の判断の誤り、進歩性の判断の誤り)

(1)  審決は、「暗電流成分を除去するために、遮光された受光素子を設け、遮光されない受光素子の出力と遮光された受光素子の出力との差をとることは前記特開昭54-130825号公報等にみられるように周知であるから、この周知技術を前記引用例記載のホトダイオード(2)に用いて、ホトダイオード(2)の暗電流成分に相当する電荷を蓄積する遮光された受光素子を設けると共に、該遮光された受光素子とホトダイオード(2)の差電圧が規定の電圧に達したことを判定手段により判定するようにすることは当業者ならば容易に想到し得たものと認められる。そしてその場合に、遮光された受光素子は、ホトダイオード(2)の暗電流成分を補償するものであるから、両受光素子が条件的に同一になるように、遮光された受光素子をホトダイオード(2)と並列にかつ対称形に設けることは当業者が当然に採用する事項である」(審決書6頁18行~7頁14行)と判断している。

確かに、上記周知技術の認定自体はその言葉の意味において誤っていないが、この周知技術を示すものとして審決が挙げた特開昭54-130825号公報(甲第4号証、以下「周知例」という。)記載の発明の目的、構成及び効果は、本願発明のそれとは明らかに異なるものである。

すなわち、上記周知例においては、暗電流成分を除去するために、「遮光された受光素子を設け、遮光されない受光素子の出力と遮光された受光素子の出力との差をとること」が行われているが、この遮光された受光素子と遮光されない受光素子は、本願発明の受光素子アレイ(4)に相当する単一の受光部2上に、受光エレメント2’と受光エレメント2’として形成されるものであって、その目的は、ビデオ信号の出力手段である受光部2の出力から暗電流成分を除去することにある。そして、周知例は、受光部2の一部のピクセルを遮光する構成を開示しているにすぎないのであって、「暗電流成分を含む受光素子」とは別に「遮光された受光素子」を設ける構成を開示も示唆もしていない。

これに対して、本願発明は、受光素子アレイ(4)のビデオ信号出力からの暗電流成分を除去することを目的とするものではなく、受光素子アレイ(4)の蓄積時間(積分時間)を正確にコントロールすることを目的とするものである。本願発明は、この目的を達するために、モニタ用の受光素子(5)の出力から暗電流成分を除去するものであり、暗電流成分を除去するために、モニタ用の受光素子(5)とは別に、さらに遮光された受光素子(6)を別設した点に特徴がある。そして、受光素子(6)による暗電流成分信号と受光素子(5)によるモニタ信号とがパラレルに出力されるため、両者の電圧差が規定の電圧に達したことを判定する判定手段は、リアルタイムでその判定ができるから、周知例における暗電流除去回路と比較して、信号処理時間が短縮される。

したがって、引用例発明に目的及び構成の異なる周知技術をそのまま適用することは相当でない。

また、引用例発明と上記周知技術を結合したとすると、引用例発明におけるホトダイオード(2)をアレイで構成し、このアレイの一部を遮光して暗電流成分を除去するという構成になる。しかし、この構成は、遮光された受光素子(6)を受光素子(5)と並列にかつ対称形に設けるという本願発明の構成とは明らかに異なるものである。すなわち、上記周知例のどこにも、「遮光された受光素子を蓄積時間の制御用の受光素子と並列にかつ対称形に設ける」という点の開示も示唆も存在しないのであって、「ホトダイオード(2)の暗電流成分に相当する電荷を蓄積する遮光された受光素子を設ける」ということと、「両受光素子が条件的に同一になるように、遮光された受光素子をホトダイオード(2)と並列にかつ対称形に設けること」とは、直接結びつかないのである。

以上のとおり、受光素子アレイ(4)の蓄積時間を正確にコントロールするために、モニタ用の受光素子(5)の出力から暗電流成分を除去するという本願発明の目的及びこの目的を達成するために、「受光素子(5)と並列にかつ対称形に、受光素子(5)の暗電流成分に相当する電荷を蓄積する遮光された受光素子(6)」を設けるという構成は、引用例及び周知例のいずれもが開示も示唆もしていないものであるから、当業者が容易に想到しうるとした審決の判断は誤りである。

(2)  次に、審決は、「本願発明の、広範囲の照度範囲で作動可能となる、受光素子5にリーク電流があっても受光素子6により補償されるため、低照度において作動可能である、精度のよい暗電流の除去及び蓄積時間の検出が可能になる、という効果も、前記引用例に記載された発明および前記周知技術から当業者が予測し得る程度のものであって、格別のものとは認められない。」(審決書7頁15行~8頁2行)と判断しているが、誤りである。

まず、本願発明の「広範囲の照度範囲で作動可能となる」との効果について述べると、取消事由1で主張したように、本願発明は、蓄積効果により入射光の情報を蓄積する電荷蓄積型の光電素子からなる構成を採用したことによって、受光素子(4)の蓄積時間を入射光の強さに応じて正確にコントロールして、その出力レベルの平均値を一定にし、広範囲の照度範囲で作動可能となる、という効果が得られるのである。

蓄積時間のコントロールについて、本願発明と引用例発明との差異をさらに述べる。実際のカメラが扱う被写体の明るさは、EV(Exposure Value)値で、1~18(1増えると明るさが2倍になる。)程度である。これを具体的な数値範囲に喩えると、20~218、およそ1~256,000の広範囲の光である。

引用例発明のホトダイオード(2)とコンデンサC1による制御は、このような広範囲の光の変化を直接電圧値に変えて、その電圧Vの大小によって積分時間を決定しなければならないが、このような広範囲の入射光情報に対応する電圧変化を正確に検出することは、事実上困難である。

なぜなら、引用例発明においては、オペアンプA1、A2を使用するが、オペアンプには、一般的性質として入力オフセット電圧があり、オペアンプの入力オフセット電圧とは、入力電圧がゼロであっても、出力側に生じてしまう出力のことであり、さらにこのオフセット電圧は、温度や時間とともに変動するゼロドリフトという性質がある。そのため、引用例のオペアンプは、実際には不正確な電圧値となり、正確な積分時間の制御はできないものである。

これに対して、本願発明は、オペアンプを使用しない蓄積型のものであるから、上記の1~18EVの極めて広範囲の入射光情報に正確に対処することができるものであり、引用例には全く期待できない効果を有するものである。

また、暗電流の除去による効果の点も、上記のとおり、引用例発明に周知技術を適用しても、奏することができないことは明らかである。

(3)  審決は、以上のような本願発明と引用例発明との技術思想の相違点を理解せず、単に一般的な周知技術を採用すれば、本願発明のように構成することは容易であるとし、本願発明の構成によってもたらされる効果も格別のものとはいえない、との誤った判断をしたものである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

本願発明の「受光素子アレイ(4)に並列に設けられた、蓄積効果により入射光の情報を蓄積する受光素子(5)」は、受光素子に関し、その受光素子アレイ(4)に並列に設けられ、その固有の属性として、蓄積効果により入射光の情報を蓄積するもの、すなわち、受光素子はホトダイオードであって、そのpn接合部の接合容量により入射光に基づいて発生した電子と正孔を蓄積する機能を備えた受光素子を意味する。

他方、引用例発明の受光素子アレイ(1)に平行に設けられた、ホトダイオード(2)も、一般的にホトダイオード自体が有する固有の属性として、入射光の情報に対応した電荷を蓄積するものといえるものである。すなわち、引用例発明の光電変換手段は、ホトダイオード(2)と、負荷抵抗RLと、コンデンサC1とからなる回路によって構成されているのであるのであるが、このホトダイオード(2)は、ホトダイオードそれ自体の固有の属性としての蓄積効果により入射光の情報を蓄積するものであることは明らかであり、この意味において、審決は、引用例発明のホトダイオード(2)を蓄積効果により入射光の情報を蓄積するものとしたのであり、この限りにおいて審決に誤りはない。

そもそも、引用例発明のホトダイオード(2)は、ダイオードアレイ(1)に入射する光の照度の平均値が比較的大きいときは各素子を走査する時間を短くし、逆のときすなわち平均の照度が小さいときは走査時間を長くして各素子の動作領域が飽和レベルに達しないようにするという本願発明と同様な趣旨のものとして設けられたものであり、その際、ホトダイオード(2)の出力を電気信号に変換してこれをどのように処理するかは、適宜の決定事項である。すなわち、受光素子であるホトダイオードの出力の電気信号変換方式として、本願発明の実施例のような「蓄積方式」のほかに、「非蓄積方式」が存在することは、原告提示の大島光雄著「イメージセンサの選び方・使い方」(甲第7号証)や木内雄二著「イメージセンサ」(乙第1の1~3号証)によって、本願出願前、周知の事項であるから、ホトダイオードの光電変換方式を蓄積方式にするか非蓄積方式にするかは、適宜の決定事項であるということができる。

このような技術水準を前提として、審決は、本願発明と引用例発明とを比較し、引用例の「受光素子アレイ(1)に平行に設けられた、ホトダイオード(2)」が、本願発明の上記「受光素子アレイ(4)に並列に設けられた、蓄積効果により入射光の情報を蓄積する受光素子(5)」に相当すると認定したものである。

2  取消事由2について

引用例には、ホトダイオード(2)の出力電圧が規定の電圧に達したことをコンパレータ(本願発明の判定手段に相当するもの)により判定しようとする思想が開示されており、一方、周知例として審決の挙げる特開昭54-130825号公報(甲第4号証)には、暗電流成分を含む受光素子を設けて暗電流成分の影響を除こうとすること、すなわち、暗電流成分を含んだ受光素子からの信号をそのまま用いると好ましくない結果を招来するから遮光された受光素子からの出力を利用して暗電流成分の悪影響を除こうとした技術が開示されているのである。

そして、引用例発明は、ホトダイオード(2)の情報によって、受光素子アレイ(1)の蓄積時間を制御するものであるから、遮光された受光素子からの出力を用いて暗電流成分の悪影響を除くべく上記周知例の技術を適用すれば、当然に蓄積時間のより正確な制御を果たすことになるのである。

原告は、信号処理時間の短縮について主張しているが、審決が上記周知例を挙げた意味は、上述のように、暗電流成分を含んだ受光素子からの信号をそのまま用いると好ましくない結果を招来するから遮光された受光素子からの出力を利用して暗電流成分の悪影響を除こうとすることであり、周知例に示された暗電流除去の回路そのものを適用したということではないから、上記暗電流除去回路の採用に伴う信号処理時間についての原告の主張は妥当ではない。

また、遮光された受光素子を用いて遮光されていない受光素子の出力から暗電流成分を補償しようとする課題や、遮光された受光素子と遮光されていない受光素子のそれぞれのピクセル間でその構造において及びその配置において密度な関係を保持して上記の補償をしようとすることが周知例に開示されている以上、本願発明の「並列にかつ対称形に設ける」という限定に技術上の意義を見出すことができないから、この構成を当然に採用する事項とした審決に何らの問題もない。

次に、原告は、本願発明の受光素子(5)は1~256000(1~18EV)程度の広い入射光情報に対して対処することができるが、引用例に記載されたものではこのような広範囲の入射光情報には対処できないので、この点で本願発明と引用例発明とは効果が明らかに異なる旨主張している。

しかし、上述のような広範囲の入射光情報への対処というようなことは、本願明細書の発明の詳細な説明欄のどこにも記載されていない新たな事項であって、かつ、このような事項が本願明細書の特許請求の範囲に記載されたどの構成要素と一義的に対応するのかについても全く不明であるから、上述の広範囲の入射光情報云々の点を主張する根拠は全くないといわざるをえない。

また、暗電流の除去による効果も、上記のとおり、引用例発明に周知技術を適用することにより、当然に予測される効果である。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(本願発明と引用例発明との一致点の認定の誤り)について

(1)  引用例発明の「ホトダイオード(2)」が本願発明の「蓄積効果により入射光の情報を蓄積する受光素子(5)」に相当することを除いて、本願発明と引用例発明とが、「蓄積効果により入射光の情報を蓄積する受光素子アレイと、該受光素子アレイを順次走査する回路と、前記受光素子アレイに並列に設けられた・・・受光素子を有し、該受光素子の情報により前記受光素子アレイの蓄積時間を制御する光電変換装置」である点で一致することは、当事者間に争いがない。

被告は、ホトダイオードであれば、固有の属性として、そのpn接合部の接合容量により入射光に基づいて発生した電子と正孔を蓄積する機能を備えるものであるから、本願発明の「蓄積効果により入射光の情報を蓄積する受光素子(5)」に対応する引用例発明のホトダイオード(2)は、上記固有の属性を備えたホトダイオードとして、「蓄積効果により入射光の情報を蓄積する」ものであり、この点で、両者に差異はないと主張する。

確かに、ホトダイオードが、その固有の属性として、被告主張の上記機能を有することは明らかであるが、本願発明の要旨に示すとおり、本願発明の受光素子(5)は、受光素子アレイ(4)の各受光素子と同じく、「蓄積効果により入射光の情報を蓄積する」と規定されており、本願明細書(甲第2、第5号証)の「受光素子アレイに並列に設けられた、蓄積効果により入射光の情報を蓄積する受光素子を有するので、前記受光素子アレイが蓄積した全入射光に関する情報を利用することが可能になった」(甲第2号証2頁8~12行)との記載、図面第2図及び大島光雄著「イメージセンサの選び方・使い方」(甲第7号証)の非蓄積方式と蓄積方式に関する記載(同号証26頁の説明及び図2・2)を参酌すると、本願発明の「蓄積効果により入射光の情報を蓄積する受光素子アレイ(4)と、該受光素子アレイ(4)を順次走査する回路(2、3)」とは、蓄積効果を利用した受光素子アレイの各素子に蓄積した入射光量に対応する電荷を走査して取り出す方式のものであって、この受光素子アレイ(4)を構成する各受光素子は、原告主張の電荷蓄積型として利用されていると認められる。したがってまた、本願発明の受光素子アレイ(4)に対応する引用例発明の受光素子アレイ(1)を構成する各受光素子も同様に電荷蓄積型として利用されていることは明らかであり、引用例発明の特許請求の範囲に、「蓄積効果により入射光の情報を蓄積する素子の列」と規定されているのは、この趣旨であると認められる。

そして、本願発明においては、その要旨に示すとおり、「蓄積効果により入射光の情報を蓄積する受光素子アレイ(4)と・・・蓄積効果により入射光の情報を蓄積する受光素子(5)を有し」と規定され、受光素子アレイ(4)と受光素子(5)とは、「蓄積効果により入射光の情報を蓄積する」ことで同一であることが示されているのであるから、「蓄積効果により入射光の情報を蓄積する受光素子(5)」もまた、受光素子アレイ(4)を構成する各受光素子と同じく、電荷蓄積型として利用されていると解するのが相当であり、特にこれと別異に解すべき根拠もない。

これに対し、引用例(甲第3号証の1)においては、本願発明の受光素子(5)に対応するホトダイオード(2)について、「蓄積効果により入射光の情報を蓄積する」ものであるとの記載はなく、かえって、引用例発明の光電検出手段は、ホトダイオード(2)のほかに、負荷抵抗RLとコンデンサC1とからなる回路によって構成されていることは、被告も認めるところである。そうすると、引用例発明のホトダイオード(2)の出力はコンデンサC1に蓄積されることが明らかであるから、ホトダイオード(2)は、いわゆる非蓄積型として利用されていると認められ、この点において、電荷蓄積型として利用されている光電素子(5)から構成される本願発明と相違するものというべきである。

審決が、引用例発明におけるホトダイオード(2)と本願発明における「蓄積効果により入射光の情報を蓄積する受光素子(5)」とが一致すると認定したことは、早計にすぎるものといわなくてはならない。

(2)  しかしながら、前記「イメージセンサの選び方・使い方」(甲第7号証)にも示されているとおり、ホトダイオードを利用した光電変換装置おける電荷の蓄積の方法として、非蓄積方式と蓄積方式とがあり、これらの両方式はいずれも本願出願当時の技術常識であったことは、当事者間に争いがなく、そうであれば、引用例発明のホトダイオード(2)と負荷抵抗RLとコンデンサC1とからなる回路によって構成されている光電検出手段に代えて、上記周知技術を採用し、本願発明のように、光電検出手段を光電変換により発生した電荷を蓄積する電荷蓄積型の光電素子から構成することは、被告主張のとおり、当業者にとって格別の発明力を要せず決定できる事項と認められ、本願発明と引用例発明とのこの点における差異は、実質的に同一と評価すべきものか、そうでないとしても、当業者が容易になしうる事項であるといわなければならない。

そうすると、本願発明における上記光電検出手段の構成が特段の特許性を有するものとはいえないから、審決が、引用例発明におけるホトダイオード(2)と本願発明における「蓄積効果により入射光の情報を蓄積する受光素子(5)」とが一致するとしたことは、いまだ審決の結論に影響を及ぼすものということはできない。

結局、取消事由1は理由がない。

なお、蓄積方式による本願発明の効果の点については、後に判断する。

2  取消事由2(相違点の判断の誤り、進歩性の判断の誤り)について

(1)  本願明細書(甲第2、第5号証)によれば、本願発明は、従来技術である引用例発明が「低照度において前記光電変換ブロックのリーク電流のために十分なリニアリティが得られないという欠点を有している」ことに鑑み、これを解決する手段として、審決が引用例発明との相違点として認定する暗電流を補償するための構成、すなわち、「受光素子(5)と並列にかつ対称形に、該受光素子(5)の暗電流成分に相当する電荷を蓄積する遮光された受光素子(6)を設け、該遮光された受光素子(6)と前記受光素子(5)の差電圧が規定の電圧に達したことを判定手段(8)により判定している」(審決書6頁4~10行)構成を採用したものと認められる。

ところで、「暗電流成分を除去するために、遮光された受光素子を設け、遮光されない受光素子の出力と遮光された受光素子の出力との差をとること」(審決書3頁12~15行)が、周知例として審決が挙げる特開昭54-130825号公報(甲第4号証)等にみられるように周知の技術であることは、当事者間に争いがない。

そして、受光素子の出力電流は入射光に対応した出力電流となるべきであり、これを阻害する暗電流成分(リーク電流)が除去されることが望ましいことは、上記周知例の記載からも明らかであり、引用例発明は、ホトダイオード(2)の情報により受光素子アレイ(1)の蓄積時間を制御する光電変換装置であるから、当業者であれば、正確な蓄積時間の制御のために、ホトダイオード(2)の暗電流を除去することに想到することは、容易であると認められる。したがって、暗電流成分を取り除くための上記周知の構成を引用例のホトダイオード(2)に適用することには、何らの困難性もなかったというべきである。

原告は、上記周知例記載の発明の目的は、ビデオ信号の出力手段である受光部2の出力から暗電流成分を除去することにあるのに対し、本願発明は、受光素子アレイ(4)のビデオ信号出力から暗電流成分を除去することを目的とするものではなく、受光素子(5)の出力からの暗電流成分を除去するものであるなど、上記周知例記載の発明の具体的構成が本願発明と相違することを種々主張したうえ、この周知例記載の発明を引用例発明に組み合わせても、本願発明の構成には至らないと主張する。

しかし、審決が引用例に適用するとしたのは、上記周知例等に示されているような前記周知技術であって、周知例として挙げた特定の公報記載の暗電流除去回路そのものでないことは、審決の記載から明らかであるから、原告の上記主張は失当である。

上記周知技術を適用することにより、引用例に組み合わされた「遮光された受光素子」は、ホトダイオード(2)の暗電流成分を補償するものであるから、両者の条件を同一にすることは、まず最初に考えられることであると認められる。すなわち、ホトダイオード(2)の暗電流成分を、それとは別の素子で検出するつもりならば、条件を同一、すなわち、同一構成のものを近接して配置することが、正確な検出のために必要であることは、当業者にとって自明の事柄というべきである。したがって、「遮光された受光素子は、ホトダイオード(2)の暗電流成分を補償するものであるから、両受光素子が条件的に同一になるように、遮光された受光素子をホトダイオード(2)と並列にかつ対称形に設けることは当業者が当然に採用する事項である」(審決書7頁9~14行)とした審決の判断に誤りはない。

(2)  原告は、電荷蓄積型の光電素子から構成される光電検出手段を用いた本願発明は、入射光量と蓄積電荷を正確に対応させることができ、広範囲の照度範囲で作動可能であるなどの作用効果を有するとし、これと対比して引用例発明の欠点を指摘するなどして、本願発明の優位性を主張する。

しかし、本願発明が、この点において引用例発明の欠点を克服でき、原告主張の効果を奏するとしても、それは、引用例発明におけるホトダイオードとコンデンサ等とからなる回路から構成された光電検出手段に代えて、本願発明の構成、すなわち、周知の電荷蓄積型の光電素子から構成される光電検出手段を用いたことによる効果であることは、原告の主張自体からも明らかである。そうであれば、前示のとおり、引用例発明に周知技術を適用し、本願発明の構成とすることが当業者にとって少なくとも容易と認められるのであるから、その適用した結果である本願発明が、このような効果を奏することは、当業者であれば予測可能なことといわなければならず、これをもって、当業者の予測を超えた格別の効果ということはできない。

また、暗電流の除去による効果も、上記のとおり、引用例発明に周知技術を適用することにより、当然に予測される効果である。

したがって、審決が、本願発明の効果も、「当業者が予測し得る程度のものであって、格別のものとは認められない。」(審決書8頁1~2行)と判断したことは正当であり、原告主張の誤りはない。

取消事由2も理由がない。

3  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 芝田俊文 裁判官 清水節)

昭和63年審判第16330号

審決

東京都板橋区前野町2丁目36番9号

請求人 旭光学工業株式会社

東京都千代田区二番町11 麹町山王マンション601号 三浦特許事務所

代理人弁理士 三浦邦夫

昭和56年特許願第16355号「光電変換装置」拒絶査定に対する審判事件(昭和57年8月13日出願公開、特開昭57-131177)について、次のとおり審決する.

結論

本件審判の請求は、成り立たない.

理由

1、手続の経緯、本願発明の要旨

本願は、昭和56年2月6日の出願であって、その発明の要旨は、昭和62年9月12日付け及び平成3年8月9日付けの手続補正書により補正された明細書及び出願当初の図面の記載からみてその特許請求の範囲第1項に記載されたとおりの次のものと認める。

「蓄積効果により入射光の情報を蓄積する受光素子アレイ(4)と、該受光素子アレイ(4)を順次走査する回路(2、3)と、前記受光素子アレイ(4)に並列に設けられた、蓄積効果により入射光の情報を蓄積する受光素子(5)を有し、該受光素子(5)の情報により前記受光素子アレイ(4)の蓄積時間を制御する光電変換装置において、

前記受光素子(5)と並列にかつ対称形に設けられ、前記受光素子(5)の暗電流成分に相当する電荷を蓄積する遮光された受光素子(6)と、該遮光された受光素子(6)と前記受光素子(5)の差電圧が規定の電圧に達したことを判定する判定手段(8)と、該判定手段の判定により、前記順次走査する回路(2、3)を作動させる手段(7)と、

を備えたことを特徴とする光電変換装置。」

2、当審の拒絶理由

当審において平成3年5月20日付けで通知した拒絶の理由の概要は、本願発明は、本願の出願日前の昭和51年12月3日に頒布された特開昭51-140510号公報(以下、「引用例」という。)に記載された発明及び特開昭54-130825号公報等にみられる周知技術(暗電流成分を除去するために、遮光された受光素子を設け、遮光されない受光素子の出力と遮光された受光素子の出力との差をとること。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、というにある。

3、引用例

前記引用例には、次のことが記載されている。

「蓄積効果を利用して受光素子アレイの各素子に蓄積した入射光量に対応する電荷を走査して取り出す形式の光電変換装置、特にその走査速度を入射光に関連する情報に従って可変にした光電変換装置に関するものであること。」(第1ページ右下欄第7行から第11行まで)

および、

「蓄積効果により入射光の情報を蓄積する受光素子アレイ(1)と、該受光素子アレイ(1)を順次走査する回路(3)と、前記受光素子アレイ(1)に平行に設けられた、蓄積効果により入射光の情報を蓄積するホトダイオード(2)を有し、該ホトダイオード(2)の情報により前記受光素子アレイ(1)の蓄積時間を制御する光電変換装置であって、前記ホトダイオード(2)の出力に応じた電圧がコンパレータA3のスレッショルド電圧(Vth)に達したことをコンパレータA3により判定し、該コンパレータA3の出力に応じて、クロックパルスを発生する回路(7)により、前記順次走査する回路(3)を作動させるクロックパルスを発生すること。」

4、本願発明と引用例との対比

本願発明と引用例に記載された発明を対比すると、引用例の「ホトダイオード(2)」、「コンパレータA3」、および「クロックパルスを発生する回路(7)」は、それぞれ本願発明の「受光素子アレイ(4)に並列に設けられた、蓄積効果により入射光の情報を蓄積する受光素子(5)」、「規定の電圧に達したことを判定する判定手段(8)」、および「該判定手段の判定により、前記順次走査する回路(2、3)を作動させる手段(7)」に相当すると認められるから、両者は、「蓄積効果により入射光の情報を蓄積する受光素子アレイと、該受光素子アレイを順次走査する回路と、前記受光素子アレイに並列に設けられた、蓄積効果により入射光の情報を蓄積する受光素子を有し、該受光素子の情報により前記受光素子アレイの蓄積時間を制御する光電変換装置において、前記受光素子の出力に関連した電圧が規定の電圧に達したことを判定する判定手段と、該判定手段の判定により、前記順次走査する回路を作動させる手段とを備え、入射光に関連する情報により受光素子アレイの蓄積時間を可変にした光電変換装置。」である点で一致するが、本願発明が、「受光素子(5)と並列にかつ対称形に、該受光素子(5)の暗電流成分に相当する電荷を蓄積する遮光された受光素子(6)を設け、該遮光された受光素子(6)と前記受光素子(5)の差電圧が規定の電圧に達したことを判定手段(8)により判定している」のに対し、引用例記載の発明には、「受光素子の暗電流成分に相当する電荷を蓄積する遮光された受光素子」は記載されておらず、単に、受光素子の出力に応じた電圧が規定の電圧に達したことを判定手段により判定している点で相違するものと認められる。

5、当審の判断

前記相違点について、

暗電流成分を除去するために、遮光された受光素子を設け、遮光されない受光素子の出力と遮光された受光素子の出力との差をとることは前記特開昭54-130825号公報等にみられるように周知であるから、この周知技術を前記引用例記載のホトダイオード(2)に用いて、ホトダイオード(2)の暗電流成分に相当する電荷を蓄積する遮光された受光素子を設けると共に、該遮光された受光素子とホトダイオード(2)の差電圧が規定の電圧に達したことを判定手段により判定するようにすることは当業者ならば容易に想到し得たものと認められる。そしてその場合に、遮光された受光素子は、ホトダイオード(2)の暗電流成分を補償するものであるから、両受光素子が条件的に同一になるように、遮光された受光素子をホトダイオード(2)と並列にかつ対称形に設けることは当業者が当然に採用する事項である。

そして、本願発明の、広範囲の照度範囲で作動可能となる、受光素子5にリーク電流があっても受光素子6により補償されるため、低照度において作動可能である、精度のよい暗電流の除去及び蓄積時間の検出が可能になる、という効果も、前記引用例に記載された発明および前記周知技術から当業者が予測し得る程度のものであって、格別のものとは認められない。

6、むすび

したがって、本願は、当審で通知した前記拒絶の理由によって拒絶をすべきものである。

よって、結論のとおり審決する。

平成4年1月30日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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